『ジャスティス・リーグ』ザック版を見せろって署名運動してるってよ

ザック100%の3時間バージョンが見たいよー!!

で始まった署名運動。

なんというか、

想定の範囲内だったが。笑

時代を感じますね。

 

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私も署名しました。笑

だって普通にザック版を観たいし!

続編は何年先になるか分からないし!

是非あなたも特に嫌がる理由がなければ登録してください!笑

ザックのジャスティスリーグをブルーレイに入れてくれ運動のサイト

theriver.jp

目次

 

ファンはワーナーでなくてDC(を愛するザック)が好きなのだ

あれから少しネットを調べまわって色々見えてきた。私はなるべく事前情報を入れないで映画を観たいタイプなので。日本より1週間早く米国で公開されてどんなムーブメントが起きていたかはようやく追いついてきた感じ。それでタイトルの署名運動を知った。

私が先日の記事で指摘した2つのポイント「短かすぎる」「音楽に不満あり」がガッツリ書かれていて、なんか嬉しくなった。私が感じたことを世界の(熱心な)ファンも同じように感じていたんだね!世界中に共感してくれる人がいてくれたことが、単純に嬉しい。笑

ザックが提出した(そしてワーナーに却下された)エディションがすでに存在するということなら、こんな署名運動しなくてもソフトは発売されるだろう、とは思っていたのだが(なにしろ過去にエクステンディドカットの発売事例は枚挙にいとまがないので)、そもそも儲けを出すためにワーナーは劇場用に「ライト」な「120分」エディションを作らせたのだから、コアなファンしか買わないソフトでこそ売り上げを発揮するであろう「ダーク」な「180分」のザック版を発売しない訳がない。

でも面白いし、こういうときこそ、草の根運動で数字に貢献しなきゃね!ってことで署名した。世界各地の劇場が報告した数字をどんぶり勘定で集計した世界興行収入よりも、1つのウェブサイトで実際に集めたユニークユーザー数は、数字の信頼性では圧倒的に優る。そしてどんなにワーナーが一部の人にとってS**Tにしか思えない判断をしても、DCはファンの皆から愛されている、っていうストーリーが美しいし、楽しいじゃん!

というか、各サイトを読んでいて感じたのだが、近い将来、ひょっとしたらザックスナイダーとベンアフレックはもうその時にはプロジェクトから外れているかもしれないし!だから「次はないかもしれない」のであって「この作品でやりきる」のが至上の使命なのだ。ザックのコミックトレース的ビジュアルは唯一無二なのに!ベンアフレックのケツアゴは原作と完全に一致して最高なのに!笑*1

 

冒頭の屋上ファイトで抱いた違和感

ちゃんとリサーチできてないけど、ここの記事を読んだ限りでは、冒頭の屋上でバッツがコソ泥を痛めつける場面は、ジョスウェドン監督によるものらしい。これ、すごく腑に落ちた。確かにイマイチ絵が決まりきってなかった気がしたんだよなー。例えば、給水タンクからバックフリップで飛びかかる瞬間のスローモーションとか、ザックぽいと言えばザックぽいけど、なんか物足りないというか、もうちょっと手間と時間をかけて撮ると思うよザックなら。最低でもカメラは3台置いて別の角度からそれぞれの絵を見せるよね。ワンダーウーマンが登場した場面が参考になると思うけど。というかこのシーンは全体的に色調のコントラストもイマイチ弱いし。*2

コソ泥に恐怖を感じさせる一連の流れもすげーチープ。だって前作『バッツVSスープ』の序盤にあった誘拐犯に焼印入れるところとの落差。さらにそのあとのアクションの支離滅裂さ。バッツは結構無茶するタイプではあるけど、あんな身体一つで飛び回るパラデーモンにしがみつくとはさすがに思えん。だって無駄死にやん。仲間に中央突破させるために、雑魚を惹きつけるのとは訳が違う。論理的におかしすぎて理解できない。でも当初のコメディタッチ路線から無理矢理シリアスに変えたって話なら、あのようになってしまった理屈が分かる。

ジョスウェドンが全面的にダメとは言わないけど、やっぱザックの真似をするならとことんやるべきだったし、中途半端に脚本に手をつけちゃダメだったと思うね。

theriver.jp

 

予告編のトウモロコシ畑

「YESってことでいいよね?」

「え?」

「指輪(スマイル)」

確かに予告編でその台詞あった!

めちゃ感動的な台詞やん!

でも本編でなくなってた!

たぶん記憶が混同してるか、潜在的な願望が無意識的に脳内編集していた。笑

署名運動のサイトを見て気がついた。不覚!

ちゃんと観直そう。

...って、いやいや、粗探しするために観るなんて嫌だわ。複雑。笑

本当にソフト化が待ち遠しい。笑

なんか悔しくて手元のBvSを観ているのだが、映像は全編通してバッキバキに決まってるし、編集のリズム感の緩急は心地よいし、欠点らしい欠点といえば「詰め込みすぎ&長すぎ」くらいで、改めてザックの凄さが分かる。これを機に過去2作も世間的に再評価されてほしい。

DCはどちらかというと、映画よりもテレビで成功しているイメージがある。考えてみれば、コミックブック、映画、テレビ、とあらゆるメディアで常にマーベルに先手を打つ形で時代の最先端をリードしてきたってことにならないか(無知なので間違ってるかも)。もう一層の事、ライトな映画館向けエディションとハードな家庭用ソフト向けエディションで割り切ってリリースする、という新しい形態を確立させてほしい。少なくともツーエディション出すのは新しいでしょ。笑

私は文句ないよ。映画館で120分以上だとトイレが心配になるから!笑

 

署名運動の邦訳

面白かったので翻訳したものを載せておく。

然るべき組織から怒られたら消す。笑

 

ワーナー・ブラザーズ御中

 

私たち、署名者は、ワーナー・ブラザーズ(以下WBと記載)に対して、ザック・スナイダー監督の映画『ジャスティス・リーグ』のディレクターズ・カットをリリースするという請願を申請します。

 

概要

 

ジャスティス・リーグ』は2017年11月17日に世界中に公開されました。世界中のファンが、ザック・スナイダーが2013年にスタートさせた三部作の完結編を観るために集まりました。しかしながら多くの人にとって、WBが公開した映画はファンが期待していたものではありませんでした。

 

とても心痛ましい不幸がご家族にあり、ザック・スナイダーは映画から途中離脱し、ジョス・ウェドンがポストプロダクションを完結させるために加わりました。これは当時、十分に理解できた動きでした。また、ワーナー・ブラザーズ・ピクチャーズのトビー・エメリッヒ会長の言葉によって、ウェドン監督はスナイダー監督の用意したテンプレートを守ると、ファンは信用していました。「演出は最小限であり、スタイル、トーン、およびザックが設定したテンプレートを遵守します。新しいキャラクターは加わりませんし、新しいシーンでも既存のキャラクターは同じです。つまり映画の方向性はまさにザックによって設定されたそのままです」。

この声明の数週間後、ジョス・ウェドン監督はジャンキーXL氏を音楽担当から解雇し、代わりにダニー・エルフマンを雇いました。これはファンにとって赤信号でした。ダニー・エルフマンの映画音楽での功績に不満は何もありませんが、しかしスナイダー監督の離脱直後にこの変更は理解しがたいものがありました。

そしてその直後に、すでにザック・スナイダーは『ジャスティス・リーグ』を編集済みだったという報道がありました。つまりWBがウェドン監督を雇う主要な要因として、スナイダー監督の編集に対する不満があったと推測されます。もちろんファンはウェドン監督が映画に彼独自のスタイルを追加するだろうことは予期はしていましたが、しかしさすがにスナイダー監督の映像とクリス・テリオ氏による脚本の既に完成していた部分まで上書きしてしまうとは予想していませんでした。

 

映画が公開される2週間前に公表された映画の上映時間は、ファンにとって別の赤信号でした。この映画は2時間弱に設定されていましたが、これはより多くの観客が動員できるようにするためにWBに強制されたものです。映画の製作、そしてザック・スナイダー監督のスタイルに精通した人ならば、この問題にすぐに気付きました。

スナイダー監督の作品は、私たちの社会についてのより広く訴えるメッセージを持つため、長尺で壮大な映画になることで知られています。ただでさえ、もともと2部構成の映画として構想されていた『ジャスティス・リーグ』は、脚本執筆の早い段階で1作に縮小されることが決定しました。それにもかかわらず、ファンは『マン・オブ・スチール』や『バットマンVSスーパーマン』と同様に、『ジャスティス・リーグ』が長尺になるだろうと期待していました。この一連の作品群のゴールを担う映画として、『ジャスティス・リーグ』を2時間の上映時間に収めることはできません。

映画が正式に公開されたことで、この問題はファンと同様に批評家によっても指摘されました。『バットマンVSスーパーマン』や『ウォッチメン』ではディレクターズカット版を認めたように、スナイダー監督の作品が行き過ぎた編集で破綻してしまうリスクをWBは理解していたはずです。しかしながら、結果として今回の『ジャスティス・リーグ』で同じミスを繰り返しました。

 

ジャスティス・リーグ』は、批評家とファンの双方から失望を受けました。ここで最も重要なことは、旧来のファンに疎外感を抱かせていることです。

ジャスティス・リーグ』はザック・スナイダー監督の名前こそ残っていますが、品質が伴っていません。彼によるテーマ性の強いシーンは多く削除されて、脚本でもテリオ氏よりもウェドン監督の影響の方がはるかに大きな影響を与えているように見えます。例えば、戦闘シーンにはそぐわないワンダーウーマンとフラッシュの気まずい遣り取りや、ロイス・レーンマーサ・ケントのよく練られたとは思えないありきたりな対話などがこれに当たります。スナイダーの心のこもったキャラクターを深掘りしていく多くの場面が、作品全体に不調和な再撮影や欠陥だらけの対話シーンのために削除されました。*3
これは特にスーパーマンのキャラクターで見ることができます。一つの例は、クラークがロイスにプロポーズの返事を確認する場面です(訳者注記:予告編で見られる「イエスってことだよね?その指輪をしてるってことは」の場面)。二人の関係性が大きく発展するこの場面は、クラークの語りではなく、「生き返ったのってどんな感じ?」「うーん、なんか、むず痒い」という中身のない(ちょっと可笑しい感じのライトな)会話に置き換えられていました。*4
スーパーマンはウェドンの再撮影で完全にキャラクターが変更されたようです。再撮影当時、別の映画の撮影のために生やしていたヘンリー・カビルの口ひげをあまり出来のよくないCGで除去し、脚本で性格まで完全に変えてしまったということがその証拠です。これは、ザックによるスーパーマンのほとんどの映像は、ウェドンによって再撮影されたという結論につながります。これは、『マン・オブ・スチール』からずっとスーパーマンを追いかけてきた無数のファンにとって、とても激しい変化と考えられます。
スナイダーのスーパーマンは、彼自身が以前の映画で受けた試練、転じて、同じように何らかの試練で疎外されたり移民となることを余儀なくされた現実世界の人々と結びついたものです。一言で言えば、今までに映画やドラマやコミックなどで表現されてきたスーパーマンの中で一番複雑なのです。これがウェドンの再撮影で全く変わってしまいました。

スナイダーは、彼が描くスーパーマンが最終的にはより多くの希望と自信に溢れたヒーローになること、そのための無理のないストーリーを時間をかけて綴っていることを、何度も口にしていました。つまり今回の作品は、2013年の『マン・オブ・スチール』以来の彼の三部作のゴールでもありました。ファンは、スーパーマンがどのような成長を遂げるのか期待していました。
しかしながら、スクリーンに現れたのは、半世紀に渡って君臨し続けてきた「昔ながら」のスーパーマングロスピカピカ版でした。私たちは、ザック・スナイダーの映像とスーパーマンの会話は、キャラクターの成長を実現させるために復元する必要があると感じています。

 

リークした映像から、スナイダーの映像が他にもカットされたことが明らかになりました。特にサイボーグに関しては彼の成長に関わる部分がかなり消されていました。これは、スナイダーが「サイボーグは映画の中心となる」と言及していたこともあり、多くのファンにとってショックなことでした。
また、ウィレム・デフォー演じるバルコやキーシィ・クレモンス演じるアイリス・ウェストのようなキャラクターは、最終的な映画から完全にカットされました。これらの場面が残っていれば、DCEUに新しいキャラクターを導入し、それぞれのヒーローの世界を発展させ、拡大させていたでしょう。
とっつきやすさをアップするために、WBは映画から複雑さも取り除きました。スナイダーの視覚的に見事な映像の多くは、2時間という制約に合わせて調整されました。これは、古代の戦いやスーパーマンの復活の一部のようなシーンにまで及びます。

 

最後に、スコアの変化はファンが最も失望した変化の1つでした。この点についての言及に先んじて、我々はダニー・エルフマンが本作で手がけた音楽はヒーロー映画として素晴らしいものであり、彼に敬意を表していることをお伝えしておきます。ファンが理解に苦しんでいるのは、メインテーマの一貫性の欠如です。

ジャンキーXL氏は、『ジャスティス・リーグ』のすべてのメンバーのテーマ曲について、ハンス・ジマー氏の『マン・オブ・スチール』と『バットマンVSスーパーマン』でのスコアに忠実に従いながら、作曲することを計画していました。

DCEUは確立された1つの宇宙です。ファンはジマー氏の象徴的なスーパーマンのスコアが、彼の復活のために使用されることを期待していました。ファンはまた、ジャンキーXL氏のバットマンのテーマとジマー氏のワンダーウーマンのテーマが、それぞれのキャラクターの代名詞になることを期待していました。

ジョン・ウィリアムズのスーパーマンとエルフマン氏本人のバットマンのテーマは、映画の中のスパイスとしてはうまく作用していましたが、DCEUの作中で確立されたテーマ曲に取って代わるべきではありませんでした。

ここまで多くを述べてきましたが、ザック・スナイダー氏のビジョンを遵守した、クリス・テリオ氏の脚本とジャンキーXL氏の音楽で構成された、ディレクターズカット版の『ジャスティス・リーグ』をリリースすれば、すべて解決することができます。

 

勧告

 

上記のとおり、以下の署名者は、WBがザック・スナイダー監督の『ジャスティス・リーグ』のディレクターズカットをリリースすることを推奨します。

私達はWBに対して、ザックが離脱前に本映画のために用意していたが削除されたシーンとオリジナルのビジョンを復元することを要請します。リチャード・ドナー監督の『スーパーマンII』やザック・スナイダー監督の『バットマンVSスーパーマン』のように、間違いを正し、映画監督の妥協のないビジョンをリリースするのはWBの責任です。


私達はこれは単純に誠意の問題だと感じています。

ザック・スナイダー氏は、家族の不幸のために5年以上も費やした映画を残して去りました。

ファンは、経営者とプロデューサーから、ウェドン氏による追加はスナイダー氏のビジョンを最後まで完結させるためであると、説明されていました。
しかしながら、公開された『ジャスティス・リーグ』は、最も幅広い観客に迎合しようとした、オリジナルへの礼儀を欠いた全くの作り直しでした。


興行収入と批評のどちらもが低迷しています。大衆への迎合はもはや最適な戦略ではありません。

最高の物語は確信を持って語られたものです。


これまでに94,000人以上のファンが署名し、その数は急速に増え続けています。


要するに、私達はWarner Bros.に、ザック・スナイダー監督の『ジャスティス・リーグ』のディレクターズカットをリリースすることを要求します。

 

引用おわり。

原文はこちら(署名運動のサイトです)

www.change.org

 

邦訳すると結構キツイ印象になるな。さすがアメリカ。

よし。もうビートルズのアンソロジーみたいに、全部のフッテージをリリースしよう!笑

それで味をしめたら、同じくワーナーの『マッド・マックス〜怒りのデス・ロード』でも同じ仕様で、400時間とも言われるフッテージをリリースすればいい。笑

 

以上。

*1:ジェイクギレンホールとかどうかしてる。ガセネタだと思いたい。

*2:そもそもヒゲの時系列がおかしい。笑

*3:ロイスのビジュアルがシーンで結構大きく変わることもこれで説明がつく。再撮影のために呼び戻されたのね。お気の毒に。クランクインしてない時期くらい厳しいシェイプアップはお休みしたいですよね。笑

*4:そしてこの直後に、唐突にロイスが「私は強くなかった。失望したでしょ」と泣き出す。笑。あそこだってクラークが「プロポーズの答えはYESってことでしょ?」と聞いてからの流れなら「でも弱い私では相応しくないわ」「あなたはほんの数十分でもう復活してるのに」ってことで成立してるのに。乱暴な編集でロイスの人格が滅茶苦茶にされてしまった。笑