『TENET テネット』における「祖父殺しのパラドクス」はミスリードである

ネタバレ記事です。

自己責任で読んでくださいね。

前提

私は『TENET テネット』を前提知識など一切入れずにレイトショーで一回だけ鑑賞してきました。率直な感想は「映像とアイデアはマジで凄かったんだけど、大まかな流れは分かったけど、細い点でよく分からない部分がたくさん残っていて気になるから、素直に楽しめたとは言い切れない」って感じでした。

なので帰り道の電車で少し検索したところ、やはり「難解すぎて分からない」という意見があるらしい。まあ『ダンケルク』も『メメント』も時間軸が複雑だったけど、リバース再生はそもそも脳が混乱を起こすから、しかもあの急テンポで話を進めるから、整理が追いつかないんだよねえ。

とりあえず検索結果トップだった記事を読むと、中盤のカーチェイスのやり取りについて詳細に考察してくださっていたので、細かな部分(手順的な部分;映像的な演出の意図)はかなりスッキリしたのですが、そうすると今度は「そもそも誰が何のために戦っていたのかが、自分の中で整理できていない」というより大きな疑問が浮上しました。

それで昨夜は力尽きてしまったのですが、一晩眠るとあら不思議、睡眠によって私の脳内の記憶と思考が整理されたのか、かなりハッキリと物語の筋道と、各シーンの伏線が有機的に繋がったのでここに記録しておきます。この時点で私は上記の記事を除いて考察記事は読んでいません。もしかしたら誰かの文章と重複しているかもしれませんが(特に英語の記事も真面目に探せば既に多くありそう)、なるべくピュアな状態で自分の思考整理をしてみたいので、このまま書いてみます。

以降では、あらすじなどはすっ飛ばしていきなりネタバレで核心を突きます。

 

核心

この映画の核心となるプロットは何か。

「未来人がやりたかったのは『祖父殺し』ではなくて、『孫殺し』である」

これを理解すると、物語がすっと入ってくるんじゃないかと思います。

中盤で『祖父殺しのパラドクス』が会話に出てきました。主人公の「もし未来人が過去の人類を戦争で滅ぼしたら、自分自身が生まれなくなってしまうんじゃね?」という問いに対して、ニールは「正解は無いよ、パラドクスだもん。まあでも、とりあえず彼らはそうは思ってないんじゃない?」とテキトーに答えて、さらには「眠い」だの「頭痛」だのというヒドイ理由をつけて会話を中断させてしまいました。そしてこの話題は、その後の劇中では出てきません。あそこで登場人物に核心を語らせない辺りノーラン監督は最強に意地悪だと思います。笑

一応解説しますと、『祖父殺しのパラドクス』とは「未来からきた孫が、過去で自分の祖父を殺したら、その後生まれるはずの親が生まれないので、ひいては自分も存在が消えるのではないか」という命題です。分かりやすい例としては映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』で、過去で主人公の父親の結婚がダメになりそうになると、主人公マーティの身体がだんだん透明になるアレです。

映画『TENET テネット』に話を戻すと、ここでいう『祖父』とは現代人のこと、『孫』とは未来人のことを指します。よって、繰り返しになりますが、「未来人が過去にタイムスリップして現代人を滅ぼしたら未来人が生まれなくなりますよね。だから未来人が現代人を殺すのっておかしくない?」という疑問は当然生じるわけです。主人公が抱いた疑問は正しい。この時点で多くの観客もそう思っていたはずです。なのにニールからは適当にあしらわれて、会話はストップ、そのままクライマックスまでなだれ込みます。

しかし私はこう考える。未来人がやりたかったのは『祖父殺し』ではなくて、『孫殺し』であったと。

つまり、自殺じゃん?!

現代人の『孫』である未来人は、自らを殺そうとしているんです。

正確には「未来人が過ごすべき未来の時間が訪れないように、現在のある時点から逆行」をさせようとしています。つまり、そもそも未来人が発生しない状況を作ろうとしています。どちらもこの世から存在を抹消する、という意味では殺すことと同義になりますね。

私が考えるに、未来人にとってはね、もう自分自身の命なんてどうでもいいんですよ。そもそも発生もしてないんだから、殺すってことが成立しないし。この価値観の変換が生じていることを劇中では明確に説明していません。少なくとも日本語字幕では明記されていません。(もしかしたら純粋に英語だけ聞いていれば、そういうセリフはあったかもしれないが、字幕表記では文字数の制限上、結構省略しなければならないのと、複数の意味を持つ英単語に適切な日本語が無いなどの理由で、どうしても情報量が少なくなる傾向があります)

じゃあ、なぜ未来人は自殺しようとしているのか?

未来人が未来を捨てなければならない理由

未来人が自分達の命を絶ってまで未来を捨てる理由については、武器商人セイターが最後で「いかにも悪の親玉が演説しそうな長台詞」の中で説明してくれました。「こうするしかなかった。地球環境は温暖化で大地がすっかり干上がりもう人類は存続できなくなった。だからまだ間に合う時点から巻き戻すしかなかった」

つまり、未来人は『個人の命』よりも『地球の存続』を選択したんですね。なんて高尚な考え方でしょう。未来人は自己犠牲の精神で、この行動を起こしていたんですね。これはアベンジャーズのサノスの主張と似てますね。全宇宙で増えすぎた生命のせいで資源が枯渇するから、全宇宙の生命を半分に減らす、というアレです。...はい、冗談ですよ。これは本当の正義とは言えないものだと思います。

なぜなら、ここでいう未来人というのは、おそらく未来の全人類ではないからです。多くの普通の人々は(もしその時代まで生き延びていればという条件付きですが)どんなに環境が悪化しても生き延びたい、自分の愛する家族を守りたい、子供達や次の世代にこの世界を受け継いでいきたい、という人間として生物としての根源的な欲求を持って生きているでしょう。

しかし、そんな市井の人々の犠牲を払ってでも、時間の逆行を利用して「人類よりも地球を救おう」と掲げた一部の人達がいるのです。おそらくCIAが深く絡んでいます。終盤に自殺を図るセイターが銀のカプセルをいじっていましたが、序盤に主人公がCIAから支給されて飲んだものと同じであることから、これは明白です。(もっとも主人公が飲んだものはテスト用に中身をすり替えられていましたが)

話がやや脱線しましが、とにかく「未来人はハナから未来を消すつもりでいる」ということです。普通の感覚だと、いま自分が存在する場所(未来人の場合は未来)を守ろうと考えるものですが、そうではなくて「現在は捨てて、過去からやり直そう。そのためには現在までに生まれた生命その他森羅万象は全部リセットしちゃおう」という考えに切り替わっているんですね。これは映画を観ながら主人公に感情移入している観客にはなかなか気づきにくい発想の転換だと思います。だって主人公はひたすら現在を守る為だけに行動を起こしますから。

それにしても先述のニールとの会話は、工夫次第ではもう少し観客にヒントとして分かりやすくなると思うのですが、ちょっと不親切すぎる気はしますね。少なくともニールは主人公に対して「祖父殺しのパラドクスは今回は適用できないよ」という旨のことを話しているので、いかんせん日本語訳の問題なのか、ニールが会話を中断した態度が悪いのか。とにかくリアルタイムで鑑賞しながら理解できるのは、かなり先回りして思考する必要があるので相当アタマの回転が速い人だけでしょうね。

移住するのは空間か、時間か

さて思い出してください、ノーラン監督の『インターステラー』でも同じ発想の転換がありました。「我々は地球を救うのでなくて、地球を捨てる。我々は次の惑星に住むのだ」。対象が空間的なものから時間的なものに変わっただけで、現状の点から異なる点へ移動する(現状を捨てる)というメカニズムは全く同じですね。『インターステラー』ではこのからくりをブラント教授が主人公クーパーに単純明快に説明してくれたので観客もほぼ全員がついていけましたが、『TENET テネット』ではこの部分がごっそり抜け落ちている(もちろん意図的に)と思います。または説明の順番をぐちゃぐちゃにしつつ常人が一度では処理できない情報量を供給して混乱させているのでしょう。現に私も一晩寝るまで思考の整理が追いつかなかった。

あれ?こうして考えると、「未来人が時を超えて移住しようとしてる」だけの物語だった説が浮上してきますね。私はつい先ほど「未来人は自殺を図っていた」と書きましたが、それはあくまで全体レベルで見た時の話で、一部の人達は生き延びる可能性はそれなりにあると思います。いやむしろ高いかも。「現在は捨てて、過去からやり直そう。そのためには現在までに生まれた生命その他森羅万象は全部リセットしちゃおう。それで、数は限られるけど何人かは未来から過去に送って、そのリセット地点から時間を逆行させれば、もともと順行で進んでいた人達はみんな呼吸できなくて死ぬから、あとは俺達のやりたい放題じゃね?」てか絶対にいそう。笑

逆行を始めた世界に未来人がどう関与していくのかは劇中では触れられていなかったので、完全に推測の域を出ませんが、やはり未来人がただ全員で地球存続の犠牲となって死ぬ「だけ」というのはやや無理がありそうに思えます。おそらく時間が逆行することを知っている「一部の人達(選ばれしエリート集団)」があらかじめ回転扉のマシーンに入っておくなどして逆行しておくか、もしくはすでに遠い未来から逆行を始めて現代まで到達している未来人がいるのかもしれませんが、いずれにせよ「世界が逆行している仕組みを知っている一部の人達で、逆行する世界の主導権を握る」という計画なのだと思われます。これが劇中では『第三次世界大戦』と呼ばれていたものの具体的な中身でしょう。

そして、この未来人によるリセット計画を実現する手段が『時間の逆行』であり、それを可能にする技術が『エントロピーの減少』でした。エントロピーの仕組み自体はあまり理解しなくて良いと思います。知らない人に対してほんの数分のレクチャーで伝えられるような内容ではないです。エンジンの仕組みを知らなくてもクルマを走らせることはできますよね。そんなものだと思って割り切りましょう。笑

要するに「9つのアルゴリズムを組み立てて、そこに核爆発ほどの十分に大きなエネルギーを加えればスイッチを作動すれば、(大規模なエントロピーの減少が発生し、)地球全体が時間の逆行を始める。ここを起点にしてそれ以降の未来は永久に作られなくなるので、すなわち現代を生きる人類(時間を順行している我々)はその時点で完全に消滅する。当然その先の未来は訪れることもない。ただし地球は時間を逆行しているので、人類も一緒に逆行すれば人類は生き長らえることができる。なお誰かに邪魔されないように組み立てたアルゴリズムは周囲を爆発して地中深くに埋めてしまう*1」という作計画でした。…まあ、登場人物の説明が断片的だったので、私の解釈で合っているのか今一つ自信には欠けるのですが。苦笑 

メッセージ

ではこの映画が伝えたかったメッセージは何か。

「なんでもかんでもリセットしないで、今の自分を受け止めて、未来に進め」

本作『TENET テネット』はすごくシンプルに言えば、歴史にリセットをかけようとする未来人に対して、主人公が阻止する物語でした。これが本作の主題であり監督からのメッセージだと思います。

映画の主題とは、映画の主人公が起こした行動や主人公の考えとして表現されるものです。では『テネット』の主人公が起こした行動は何だったか。それは『未来人によるリセットの防止』でした。実は予告編その他公式のプロモーションでも答えは言ってますよね「第三次世界大戦を防ぐ」って。その第三次世界大戦って何?という説明が抜けているという不親切な脚本になっているだけですね。おまけに「いかにも戦争です」って感じの軍隊による大規模な戦闘シーンもあるのでますます混乱させにきている。笑

この文章を書いている時点で私は、監督のインタビューなど全く見ていないので、どんなことを言っているのか実はよく知りません。とりあえず「信じて、飛び込め」みたいなことを言ったらしい、くらいには、なんとなく薄眼で見ていたツイッターから察しましたが。ただし、より主眼を置いてるのは「その信じるべきなのは今の自分である」ということと「リセットしない」ことだと思うなー。

リセットしたくなる理由、そして「無知の強さ」が守る人間および愛の価値

私見ですが、テレビゲームの普及で、人はリセットを考えるようになったと思うんですよね。かつても歴史上では為政者が粛清という名の下で自分に不都合な存在を断つ、という所業は繰り返してきたとは思うのですが、そのリセットをより庶民でも簡単にできるようになったというか、そもそもリセットの発想をするようになったのではないかと。

しかし「今ここにいるあなた」は他の誰でもない唯一の「あなた」であり、あなたがこれまで長い時間をかけて積み上げてきた成果であり、リセットをかけたら永遠に失われてしまう掛け替えのない存在であり、何か他で代替できるものではありません。そして、だからこそ人間には価値があり、愛すべき理由がある。故に、主人公は人間と愛の価値を消し去るような計画に全力で対抗し、将来的にはTENETという組織を作り上げるまでに至るのです。

実は冷静に考えると、未来人の方が合理的な提案をしているとも言えます。地球環境は悪化の一途をたどり、もはや修復不可能である。水や食料や、おそらく酸素も不足するため生活レベルは下がり、人類は苦しい思いをしている。人類が絶滅する日も、もうそこまで来ているかもしれない。もうそうなる運命が目に見えている。しかし、時間を逆行させれば、まだ壊れる前の地球で、21世紀初頭のような豊かな暮らしを人類は存続できるとしたら。未来から来た自分たちの知識と技術力があれば、まだ環境を再生できるギリギリの状態が、まさに現代なのだとしたら。この考え方はとても誘惑的だと思います。先に例示したサノスによる『指パッチンで全宇宙の生命がハーフ&ハーフ作戦』に近い説得力があります。

しかし、そうじゃないんだと。生き延びたいと願う人間の命を奪うことが、人間の価値と愛の価値を捨てることこそが、人間にとって一番の敗北であると。まさに人道的にアウトですよと。この先の未来にどんな困難が待っていようとも、それを正面から受け止めて解決する手段を探そうよと。そこで知恵を振り絞ろうよと。

先の展開を知ってしまっているから絶望を抱き消極的になる。リセットしたくなる。しかし僕らはまだ知らないからこそ、「無知であるからこそ発揮できる強さ」(このワードは何回も出てきましたよね)を武器に、僕ら自身で未来を切り拓いていこうよと。これは映画の中で同じく繰り返されたセリフ「起きたことは変えられない」とも対応していますね。過去は変えられない、でもこれから起きる未来は自分で作り出せる。何よりも「あの日あの時あの場所でああしていたら」という過去の変更を試みた未来人が失敗して、「これから何が起きるか分からない」という未来を見ている主人公が勝つという、本作の展開に、このメッセージが込められているのだと思います。

うん、まとめると、すごくクサイ言葉になりましたが、シンプルに言えば、そういうことっぽいですね。

*1:2回目を鑑賞した時に明らかな間違いに気づいたのでここだけ修正しておきます