『TENET テネット』のオスロ空港の場面の破綻に関する詳細な図解と考察

ネタバレ記事です。

自己責任でお読みください。

難解なんじゃなくて、問題がわるい(暴)

大学の入学試験でもまれにありますよね。そもそも問題文が間違っていたりして、正しく解いていくと絶対に正解にたどり着けないタイプの問題。やたら難解だと話題の映画『TENET テネット』ですが、ちょっと冷めた事を言いますと、実は「そもそも物語が破綻してるから理解できない(きちんと考察していくと矛盾にぶつかるので理解できるハズがない)」という側面があったりします。今回、私は2回目の鑑賞で、一つ大きな矛盾に気づいた、というか初見の時から、喉に刺さった魚の小骨のように、なんとなく引っ掛かっていたのですが、その引っ掛かりが確信に変わりました。

まあクリストファー・ノーラン監督についてはこれに始まったことでなくて、こういう細かなミスは多い方の監督だと私は認識しています。『ダークナイト』でも『インセプション』でもありました。ただそういう細かいことは気にならないほどの「衝撃的な映像体験」とか「斬新すぎるアイデア」とかで、観客をねじ伏せてしまうパワーがある、そんな監督だと思っています。なお、これは決して悪いことではなくて、だからこそあの強烈なビジュアルを実現できるのだろうと思えば、むしろ彼の非常に優れた部分だと言って良いでしょう。下手に矛盾点が生じないように頑張って縮こまる映画よりもよっぽど良いと私も思います。ただし、これまでは原作がコミックブックだったり、舞台設定が夢の中だったりして、あまり気にならないように出来ていたことも事実。完全にリアル志向の本作ではどうしても気になってしまいます。

それでは以下では、2回目の鑑賞で私が気づいた(確信した)、オスロ空港での場面における矛盾点について解説していきます。

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(前提の確認)オスロ空港の場面とは

キャットが競売にかけたゴヤの贋作を盗み出そうとする主人公&ニールの二人組みと、一週間後から時間を逆行してきた主人公&ニール&キャットの三人組みが、空港の金庫の中にある回転扉でニアミスする場面です。ニアミスと言っても主人公はがっつり格闘しますが。笑

少し解説を挟みましょう。不要な方は次のセクションまで飛ばして結構です。

物語の序盤で主人公はロシア人の武器商人セイターに近づくため、彼の妻キャットを脅迫してセイターに紹介させようとします。レストランで「あなたが嘘をついて競売に出品したゴヤは、贋作ですね。私は知っていますよ。バラされたくなければ、夫に私を紹介してください」と主人公は脅したわけです。しかしキャットの回答は予想外のもので「夫は贋作だと知りながらわざと落札したのよ。脅迫材料にして私を束縛するためにね。あなたも私を脅すのね」と返してきました。そこで、主人公はその場で機転を利かせて「それでは、保管してある場所から私が盗み出しましょう。そうすれば君は自由になれる」と提案しました。

レストランに駆けつけたセイターの手下に襲われながらも、あらかじめキャットのコートのポケットに忍ばせておいた自分の電話番号で、後日「問題の贋作はオスロ空港のフリーポートにある」と聞き出した*1主人公は、組織から派遣された相棒ニールと共に金庫への潜入を試みます。このときにドアのロックを解除するためにニールはジャンボ機を建物に突入させる作戦を立てます。

ジャンボ機突入作戦は見事に成功し、二人は金庫の一番奥まで到達したのですが、そこには謎の赤い扉と青い扉があり、入ってみると金庫ではなくてガラスで仕切られた取調室のような謎の部屋になっていました。防弾ガラスを貫通したらしき銃痕とか、分解された銃身とか、異様な雰囲気に警戒する二人。そのとき突然部屋の中の回転扉が開いて武装した男が二人飛び出してきました。一人は主人公と銃を使っての格闘になり、一人は部屋から飛び出して逃げたのでニールが追うことになります。

ここで主人公と戦う方の男ですが、銃弾や男自身が時間が逆行している動きを見せます。このシーンの映像的な面白さは特筆すべきものでしょう。逆再生と通常再生が一つの画面で同時に流れる、というのは今までありそうでなかったですよね。私の記憶の限りではジムキャリーが映画『エースベンチュラ』の中で早送りや逆回しの超絶演技をしていたことはありましたが、逆再生による重力に逆らったような不思議な動きは、たとえば『エクソシスト』のような70年代頃までの往年の特撮映画でもよく使われた手法なので懐かしくも見えて、その進化系の映像といった感じでとても興奮するポイントでした。

おそらく鋭い人はこの時点ですでに「この武装した男はきっと主人公かニールなんだろうな」と勘づいていたと思うのですが、映画が進むと後半に差し掛かった辺りで、案の定、それは一週間後から時間を逆行してきた主人公だったと判明するのでした。

このように映画前半で順行する時間の流れと、映画後半で逆行する時間の流れが重なり、それぞれの目線で交差して描かれるので、この映画でもキーになるポイントになります。

この図の見方

言葉での説明は限界があるので、図解で説明します。

  • 赤い矢印は順行の時間の流れ
  • 青い矢印は逆行の時間の流れ
  • 紫の矢印は回転扉での切り替え
  • 黄色い箱は映画前半で描かれる部分(白地に黒文字の番号)
  • 水色の箱は映画後半で描かれる部分(黒地に白抜きの番号)
  • 紫色の箱は映画前半と後半でそれぞれの目線から描かれる部分
  • 逆行してきた人物には(逆)を、さらに再度逆行して順行に戻ると(逆逆)を記載
  • 緑色の箱は、筆者が矛盾していると感じた部分

番号と映画で描かれた順番は一致するので、①から⑨、そして❶から❾と順に追って行けば、映画で描かれた順番で整理することができます。

なお絶対に守られるべきルールとして、順行で起きたことと逆行で起きたことは同じ「時刻」で表現される必要があります。たとえば、主人公がシャッターに吸い込まれる(エンジンに吹き飛ばされる)場面は、二つの矢印で上下の位置が揃っている必要があります。(⑨と❷は上下で同じ位置にあります)

それでは行ってみましょう。

オスロ空港の場面の矛盾(その1)

図に描いた通りなのですが、まず「逆行している時間は映画の進行に合わせて素直に描かれている」と仮定すると、「❻と❼の時刻が一致しない」という矛盾点が生じます。これは矢印を見ると比較的すぐにわかると思います。

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図1

時間の順行と逆行は「同じ時刻」に起きている必要があるので、順行の時間で見たときに主人公の格闘の「後」で起きたことは、逆行の時間で見たときに主人公の格闘の「前」で起きる必要があります。つまり❸で主人公(逆)が戦っているよりも前に❼でニール(逆)が主人公(逆逆)を確認する必要があります。

この映画はここまで基本的には、時間の順行も逆行もそれぞれのタイムラインで起きていることはそれぞれの順番で素直に描いてきていたので、すでに作品と観客の間で暗黙のルールになっていると思うのですが、これでは明らかに矛盾が生じます。なのでこの場面で突然ノーラン監督はルールを破って、逆行のタイムラインを❼から描いていると考えて図2へ進みます。

オスロ空港の場面の矛盾(その2)

❼でニール(逆)が主人公(逆逆)の合図を確認した場面を、❷と❸の間に持ってきました。これで図1の「❻と❼の時刻が一致しない」という矛盾は解消します。しかし、この展開だと無理が生じます。ニール(逆)は主人公とニールに見られないようにして時間の再逆行をする必要がありますが、反対側の通路とはいえあの主人公同士の格闘をすり抜けるのは至難の技だと思われます。かなりのハラハラ展開になるはずなのに映画で描かれないのはおかしい。

かつこのタイムラインだと、主人公とニールが2つ目の扉を解錠して廊下に入った時に「俺たちの他にも誰かいるぞ」と言っていたのとも矛盾します。

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図2

そこで上記の2つの矛盾を解消するために、映画の中では❼主人公(逆逆)の合図と❽ニール(逆)の潜入は一瞬で描かれていたが、実はニール(逆)は2分くらい待ってから潜入したと考えて図3に進みます。

オスロ空港の場面の矛盾(その3)

こうすると、少なくとも映画の中で描かれていた出来事はすべてぴったり収まるように見えます。

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図3

この映画でノーラン監督がズルい(笑)のは、それまで時間をかけて描いてきたことで「暗黙のルールになっていそうなこと」を、いとも簡単に抜け出すことです。ここでは「順行と逆行はそれぞれ素直に描く」ということと、「主人公やニールなど登場人物はすごく頭が良いので常にテキパキ行動する」ということを覆しています。特に2つ目の「ニール(逆)は実は2分くらい待っていた」という事実は、流れに身を任せて鑑賞していると気づきにくいと思われます。

図を見てもわかるとおり、❶→❷→❼→❸→❽という入れ子状態になっているのがミソです。❼と❽の間には結構な時間のギャップがありその間に様々な動きがあったのに、完成された映画ではスパッとカットされて一瞬の出来事のようにも見える編集になっているので、これはノーラン監督が観客のミスリードを誘っているのだと思われます。これはノーラン監督が映画に仕掛けたトリックと呼んでいいでしょう。

そしてそれでもまだ疑念の余地が残る事象があります。それが❻主人公(逆逆)が合図を送った時、ニール(逆逆)はどこで何をしていたの?という問題です。

映画の中で敢えて描かないというズルい技法

この映画でノーラン監督がズルい(笑)と一番感じるのは、再逆行で順行に戻ったニール(逆逆)の行動をほとんど描いていないことです。実は図1から図3まで、ずっと疑問だったのですが、より大きな問題があるのでとりあえず無視してきました。しかし、これが最後に残った矛盾になります。

❻で主人公(逆逆)が建物から出てきたとき、ニール(逆逆)はどこにいたのでしょうか。この時点でニール(逆)はまだ逆行にいますから、主人公(逆逆)よりも「前の時刻」で再逆行をキメているは確実です。おそらく既に建物からも脱出しているでしょう。しかし、この動きはどこにも描かれていません。

私はこの疑念を初回鑑賞時から持っていたので、そこが気になって理解・納得できなかったのですが、この2回目ではかなり意識して観ていたのですが、ニール(逆逆)の様子は全く描かれていないように見えました。❽で回転扉に入った次に登場した時にはニール(逆逆)はもう❾の救急車の中でした。

なので「矛盾する行動は映画には出てこない」ので厳密には「矛盾はしていない」になるのですが、観客の解釈に任せっぱなしのこの方法は若干不親切が過ぎるかと思われます。

では映画の中で描くとしたら最適解は何か

簡単な話です。主人公(逆逆)が救急車を強奪するのではなくて、「ニールが運転席で待っている救急車の助手席に乗り込む」のが最高の模範解答ではないでしょうか。

主人公よりも前の時刻(おそらく飛行機が突入した直後の時刻)で建物に侵入(❽-1)して再逆行をキメたニール(逆逆)は、④で主人公とニールが2つ目の扉を解錠する前に建物から脱出(❽-2)。そのままキャット(逆逆)を乗せた担架を運んで、飛行機事故の通報を受けた救急隊員が運転して駆けつけた救急車に向かいます。ここで乗せてしまうとそのまま病院に運ばれてしまうので、ニール(逆逆)は救急車の運転手を何らかの方法で降ろす必要があります(❽-3)。まあその方法は何でもいいし何なら描かなくても良いのですが。

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図4

とにかく、「主人公(逆逆)よりも前の時刻ですでに仕事を終えて救急車を準備完了しているニール(逆逆)の元に、後から遅れて主人公(逆逆)が合流する」というシーンを❾の直前に入れるべきだと思います。それで初見の観客には「あれ?なぜニールがすでに救急車にいるの?ポカン」とさせるのが正解だったと思うんですけどねー。

ただし、ノーラン監督を擁護する訳ではないですが、この展開を敢えて描かなかった理由も何となく推測できます。というのも、ニール(逆逆)に車を奪わせて主人公(逆逆)をピックアップさせると、映画の最大のクライマックスであるスタルスク12のラストとほぼ同じ展開になってしまうんですよね。笑。監督がこれを嫌った可能性があるのかな、とは少し思います。そもそも時間を逆行して同じ場面を繰り返して見せる映画なので、別に良いような気もしますが。

さらにダメ押しでもう一点ヒントを加えるとしたら、図で言うところの❽-4の描写、すなわち主人公(逆逆)がニール(逆)に合図している様子を、離れたところの救急車の運転席から見ている男(この時点では顔は映さなくても良い)のシーンがあっても良いかと思います。

ということで最後に残った矛盾への、いったんの推理される回答としては、❻の時点でニール(逆逆)はすでに救急車の中にいた、というのが私の結論になります。

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はい。以上、オスロ空港での展開における矛盾点に関する考察でした。

多少不満めいた書き方にもなりましたが、こんな風に色々考察できるのは楽しい映画ですね。笑

ここまで読んでいただきありがとうございました。何か皆さんの解釈とか気づきをコメントで共有していただけると幸いです。それではまた次回の考察で。あるか分かりませんが。笑

 

*1:ちなみに電話をかけさせておきながら、結局ストーキングして直接話しているので電話番号の意味ないやんけ。笑